【本】「アジア人」はいかにしてクラシック音楽家になったのか?

「アジア人」はいかにしてクラシック音楽家になったのか?――人種・ジェンダー・文化資本

吉原真里:著
アルテスパブリッシング
2013年10月

私は著者の吉原さんも、版元のアルテスパブリッシングもよく知っていますが、知り合いだから言うのではなく、すごく面白い本です。そして、この本の日本語版を出版したことは、非常に文化的に価値のあることだったと思います。クラシック音楽に興味がある人に広く読んでほしい。

原著は2007年にアメリカで出版された、
Musicians from a Different Shore: Asians and Asian Americans in Classical Music

今回、著者の翻訳により日本語版が出版されたもの。私は以前吉原さんから原著をいただいたのですが、半分まで読んで、アカデミックな記述が続く前途に挫折。あらためて日本語版を読み、さすがに英語より断然読みやすかったです(原著のアカデミックな読者を想定した部分はかなりカットされている)が、人文科学的な概念について一瞬立ち止まって考えてしまったりする(例えば、「文化資本」という言葉。おそらく大学時代の私であれば、すんなり読めたと思うのですが、その後の人生で頭の中に金融・法律モードが入っているため、「資本?」となり、文化資本が何を意味するのか立ち止まってしまった)ので、内容が濃いこともあり、やはりあっという間に読めるという感じではなかったです。

本の内容についてご紹介

内容は、アジア人およびアジア系アメリカ人が、アメリカ社会でどのようにしてクラシック音楽家になったのかについて、約70名の音楽家へのインタビューによるフィールドワーク調査をもとに、人種・ジェンダー・文化資本の切り口から論考したもの。

結論は、何か明確な一つの答えが浮かび上がるということではありません。アジア人音楽家は、「アジア人」とひとくくりにできるものではなく、いくつかの類型に分類され、類型毎の違いが大きいことを前提にした上で、音楽家にとっては、アジア人というアイデンティティよりも、自分が音楽家であるということが自らのよりどころ、最も強力なアイデンティティになっていること。その中で音楽家一人ひとりが、アジアという文化背景を持ちつつ、そこからくる人種・ジェンダー・文化資本の影響も受けながら、自分オリジナルの音楽家としての生き方・あり方を模索し、挑戦しているということが浮かび上がってきます。

読後感としては、それまでの「アメリカって、アジア系の音楽家がホント多く活躍しているよね」といった大づかみな捉え方に、縦線横線がたくさん入って、視界が立体的になった感じ。

吉原さんがインタビューした、たくさんの音楽家の生の言葉が紹介されていますが、各人のパーソナリティが素晴らしい。一人ひとりが膨大な時間と労力をかけてクラシック音楽と向き合ってきた中で、自分なりにこの問題と向き合ってきたことが伝わり、言葉に重みがあります。

気軽に読め、「へぇ」と思った箇所は、韓国人の中にはよりよい結婚をするためにジュリアードに来る人たちがいるという話。韓国ドラマの第1話に出て来そうな設定ですが、本当にそういう社会なのか。。。

アジアとクラシック音楽の問題は非常に大きなテーマで、何を切り口にするか、どうまとめ上げるかが難しいと思いますが、アカデミックな手法を使ってものを考えるとはどういうことなのかについて、鮮やかに見せてくれる本です。

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